バナッハ=タルスキー(Banach-Tarski)の定理とは、
BT定理は、選択公理と呼ばれる一種の仮定を用いて証明されます。 常識ある一般人が、ここで初めてBT定理と選択公理を聞いたなら、
2つの図形が、回転や平行移動でピッタリ重なるとき、その2つは合同であるといいます。 しばらくの間、平面図形の回転だけを考えることとします。 たとえば、円周の上半分と下半分を考えてみると、180度回転すればピッタリ重なりますね。 だから、この2つは合同です。
図形Aを、A1とA2に分けたとします。また、図形Bを、B1とB2に分けたとします。 A1を適当に回転させて、B1とピッタリ重ねることができたとします(つまりA1とB1は合同)。 また、A2とB2も合同であったとします。 このとき、図形Aと図形Bは分割合同であるといいます。BT定理は、
半径1の円周Sを考えます。Sを絶対値1の複素数全体の集合と同一視できます。
Sから1点{1}を除いた集合S'を考えます。このとき、SとS'は合同ではありません。
S'をどのように回転させても、穴がどこかに必ず出来るからです。
しかし、SとS'は分割合同であることが証明できます。
証明のため、まずS'をAとBの2つに分けます。
ここで一定の角度は1[ラジアン]ですが、これと2πとの比が無理数であることが、本質的に重要です。もし比が有理数であれば、Aは有限個の要素からなることになり、Aを回転させても下に書くような「おかしなこと」はおきません。ちなみに{1}は0番に対応しますが、S'には{1}は含まれないため、0番はありません。 番号が付いている点の集合がAです。番号は無限に続きますが、可算個しかないので、 集合Aは集合S'のごく一部に過ぎません(Aは可算集合で、Bは非可算集合)。 点の集合Aを、1[ラジアン]だけ右に回転させます。 言葉で言えば、n番がn-1番になるように回転します。式では、exp(-i)をかけることに なります。すると
はい、それが当然の反応です。
S'を分割して、その一部を回転させたら、Sにピッタリ一致したというのです。
穴であった{1}は一体どこに消えたのか。誰が{1}を埋めたのか。
答えは簡単で、{exp(i)}が回転exp(-i)によって{1}にやってきただけです。
しかし、{1}は回転によって{exp(-i)}に移動するので、やはりそこに
穴があるのではないか?
そんなことはありません。exp(-i)はAの要素でも
A'の要素でもなく、最初からBの要素なのです。
この証明には、選択公理は出てきません。しかし、すでに十分直感には反しています。
重要なことは、BT定理でいう分割とは、こういう分割なのです。
すべての困難は、相手が無限集合であるということに起因しています。無限集合を
2つに分割するあたりで、もうすでに人間の直感は破綻をきたすと言って
いいでしょう。
実はBT定理の証明は、SとS'が分割合同であることのほかにも、多くのことが必要です。
しかし私個人としては、この証明を理解した時点で、BT定理でいう分割がイメージでき、
それほど無茶苦茶なことは言っていないように思えました。
選択公理は、独立した公理であることが示されているので、使うかどうかは自由です。 しかし、すくなくともBT定理を根拠に、この公理に否定的になっていたのは、間違いだったと 私は今は考えています。
蛇足とは思いますが、このような分割は現実の物理問題としては絶対に不可能です。 我々の常識が「物理現象に対する常識」である限り、BT定理と常識はまったく矛盾しません。 むしろ、数学的には可能な分割が、実際には決して起きないことを知っている、 という意味では、我々の常識はBT定理の上を行っている、と言えなくもないかも