バナッハ=タルスキーの定理について

2008/05/28 若野友一郎

はじめに

バナッハ=タルスキー(Banach-Tarski)の定理とは、

「球をいくつかの部分に分割し、それらをうまく組み替えることで、元の球と同じ大きさの球を2つ作ることができる」

という定理です。はい、無茶苦茶ですね。その通りです。 とはいえ、定理と呼ばれているように、これはきちんと証明された命題です。 このような無茶苦茶が、なぜ大手をふってまかり通っているのか、その辺を考えていきます。 今後この定理をBT定理と呼びます。

なお、BT定理の証明は、 このサイト にあります。私もこれで勉強しました。著者の皆様に感謝します。 本文書は、証明の前半を直感的に説明するものになっている・・・ と信じていますが、間違いやコメントなど頂けると幸いです

選択公理

BT定理は、選択公理と呼ばれる一種の仮定を用いて証明されます。 常識ある一般人が、ここで初めてBT定理と選択公理を聞いたなら、

「ならば、その選択公理とやらが間違ってるんだろう」

と思うのは当然です。実は私も長い間、このBT定理を根拠として、選択公理には懐疑的でした。 しかし最近、この定理の証明を少し勉強する過程で、気分がちょっと変わってきたのです。

合同

2つの図形が、回転や平行移動でピッタリ重なるとき、その2つは合同であるといいます。 しばらくの間、平面図形の回転だけを考えることとします。 たとえば、円周の上半分と下半分を考えてみると、180度回転すればピッタリ重なりますね。 だから、この2つは合同です。

分割合同

図形Aを、A1とA2に分けたとします。また、図形Bを、B1とB2に分けたとします。 A1を適当に回転させて、B1とピッタリ重ねることができたとします(つまりA1とB1は合同)。 また、A2とB2も合同であったとします。 このとき、図形Aと図形Bは分割合同であるといいます。BT定理は、

「大きさの異なる2つの球が、分割合同である」

ことを証明します。大きさが異なるのだから、当然合同ではありません。 しかし、分割合同であると主張しているわけです。
つまり、球をいくつかの部品にわけ、それぞれを適当に回転または平行移動させて (このときそれぞれの部品について、回転する角度や平行移動の方向は異なっても良い) 最終的に別の大きさの球が作れるといっているわけです。

選択公理を使わなくても・・

半径1の円周Sを考えます。Sを絶対値1の複素数全体の集合と同一視できます。 Sから1点{1}を除いた集合S'を考えます。このとき、SとS'は合同ではありません。 S'をどのように回転させても、穴がどこかに必ず出来るからです。 しかし、SとS'は分割合同であることが証明できます。
証明のため、まずS'をAとBの2つに分けます。

A={exp(in); iは虚数単位、n=1,2,3,...}  BはS'からAを除いた集合

とします。イメージとしては、S'上の点に、一定の角度ごとに1番、2番、3番と 番号を振っていった感じです。
ここで一定の角度は1[ラジアン]ですが、これと2πとの比が無理数であることが、本質的に重要です。もし比が有理数であれば、Aは有限個の要素からなることになり、Aを回転させても下に書くような「おかしなこと」はおきません。
ちなみに{1}は0番に対応しますが、S'には{1}は含まれないため、0番はありません。 番号が付いている点の集合がAです。番号は無限に続きますが、可算個しかないので、 集合Aは集合S'のごく一部に過ぎません(Aは可算集合で、Bは非可算集合)。 点の集合Aを、1[ラジアン]だけ右に回転させます。 言葉で言えば、n番がn-1番になるように回転します。式では、exp(-i)をかけることに なります。すると
A'={exp(in); n=0,1,2,3,...}

を得ます。A'はAを回転して得られたものなので、A'とAは合同です。 ここでAとA'をじっくり見比べると、まずAの要素はすべて、A'にも含まれています。 しかし、Aには存在せずA'には存在する要素があります。それは0番、 {exp(0)}すなわち{1}です。言ってみれば、A'=A+{1} です。 ですから、集合A'と集合Bを合わせることで、完全な円周Sが作られます。
まとめると、
S'=A+B かつ S=A'+B かつ AとA'は合同 (かつ BとBは合同)

以上のことから、S'とSが分割合同であることが証明できます。

なんじゃそりゃ

はい、それが当然の反応です。 S'を分割して、その一部を回転させたら、Sにピッタリ一致したというのです。 穴であった{1}は一体どこに消えたのか。誰が{1}を埋めたのか。
答えは簡単で、{exp(i)}が回転exp(-i)によって{1}にやってきただけです。
しかし、{1}は回転によって{exp(-i)}に移動するので、やはりそこに 穴があるのではないか?
そんなことはありません。exp(-i)はAの要素でも A'の要素でもなく、最初からBの要素なのです。

分割のイメージ

この証明には、選択公理は出てきません。しかし、すでに十分直感には反しています。 重要なことは、BT定理でいう分割とは、こういう分割なのです。 すべての困難は、相手が無限集合であるということに起因しています。無限集合を 2つに分割するあたりで、もうすでに人間の直感は破綻をきたすと言って いいでしょう。
実はBT定理の証明は、SとS'が分割合同であることのほかにも、多くのことが必要です。 しかし私個人としては、この証明を理解した時点で、BT定理でいう分割がイメージでき、 それほど無茶苦茶なことは言っていないように思えました。

選択公理は、独立した公理であることが示されているので、使うかどうかは自由です。 しかし、すくなくともBT定理を根拠に、この公理に否定的になっていたのは、間違いだったと 私は今は考えています。

蛇足とは思いますが、このような分割は現実の物理問題としては絶対に不可能です。 我々の常識が「物理現象に対する常識」である限り、BT定理と常識はまったく矛盾しません。 むしろ、数学的には可能な分割が、実際には決して起きないことを知っている、 という意味では、我々の常識はBT定理の上を行っている、と言えなくもないかも


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